Walter Bosse その生涯

 

1904年11月13日ウィーンに生まれたWalter Bosseは、1920年代から1960年代にかけて、沢山の作品を生み出しました。

 

画家である両親の元に生まれ、芸術性と創造性を幼き頃から養っていたWalter Bosse。

1914年にAbbazia(現在のクロアチア)へ移住、その後、オーストリア西部のチロル州に移住することになります。

1918年から1921年の間、Wiener Kunstgewerbeschule(Vienna School of Arts and Craft) に

Walter Bosseは在籍しており、Michael Powolny(マイケル・ポウォルニー)にセラミック、Franz cizek(フランツ・ツィゼック)に装飾を学びます。

その後、Munchner Kunstgewerbeschule(college of arts and crafts in Munich)にWalter Bosseは在籍し、Richard Riemerschmid(リチャード·リーマーシュミッド)のもとで学びます。

そして、学校に在籍しながらも作品を販売する機会に恵まれたBosseは1923年に自身のスタジオを

オープンさせます。

作品が認められたWalter Bosseは1925年にパリで開催された万博(International Exposition of Modern Industrial and Decorative Arts)で、その評価を決定的なものにします。それがウィーン工房やアウガルテン、ゴールドシャイダー、メッツラー、オートロフなどで働くチャンスとなりました。その後、店舗を大きくしていったWalter Bosseですが、

世界恐慌の影響もあり、1937年にはKufsteinの工房を閉鎖しています。

 

しかし、Walter Bosseは創作活動を止めることはありませんでした。1938年にはウィーンに戻り、Bosse-Karamikを設立をします。第二次世界大戦では多くの鋳型が失われてしまい、自身も5年間兵役についたこともあり、1947年にWalter Bosseの会社はTerra社によって吸収合併されてしまいます。

そして、Terra社からセラミック作品が発売されますが、同時に真鍮の作品を製作も開始することになります。その際に初期のセラミック作品は、新しい真鍮モデルの鋳型として使用されたといわれています。

1953年にはドイツへ移住し自身のワークショップを始め、本格的に真鍮のオブジェの製作にはいります。Walter BosseとパートナーのHerta Ballerが生み出した、手作りの金の真鍮を黒く色付けし、その一部を削り取って仕上げるというこのスタイルは「Black Golden Line」として知られ、50年代以降はBosseの人気も更に高まりましたが、世界中で100万個以上コピーされたと言われるハリネズミの灰皿や手の形をしたジュエリーホルダーが大ヒットすることで、今度は多くの訴訟問題に悩まされることになります。

 

訴訟問題は晩年までWalter Bosseが多くの労力と時間を費やすことになり、決して経済的に恵まれたとはいえない状況を招き、Iserlohnの病院でその生涯を終えます。

 

1979年12月17日没。

こうして波乱に満ちた生涯を閉じたWalter Bosseですが、製作したこれらの素晴らしい

オブジェは、ウィーンの真鍮作品を象徴するものとして称えられています。

1920年代から1960年代の間に制作されたBosseのユニークなオブジェは、普遍的でデザイン性の高い作品のため、世界中のコレクターの幸福とインスピレーションの源となっており、

現代でも非常に高い人気を誇っています。

Bosseのフレンドリーで楽しげな作品は鋭い観察眼と独創性を示しており、デフォルメされながらも豊かな表現力は単なるグッズではなく、より深い物語を生み出しています。

Walter Bosseの私生活と書籍

 

私生活ではBeatrix Bollaと1931年に結婚し、Kufsteinの工房でともに作品を製作します。

芸術家として自由に創作を続けたかったWalter Bosseは1937年に離婚することになりますが、

二人はその後も芸術家として交流を持ち続けました。

Beatrix Bolla自身も才能を活かし木製品に絵を描くことをはじめ、チロル地方の民芸品として

様々な木製品を生み出し、Boose社(Hertmann-Bosse社)という会社を立ち上げています。

 

現在のところWalter Bosseを深く知ることが出来る唯一の書物『Walter Bosse Leben Kunst und Handwerk 1904-1979』(※絶版)は、Beatrix Bollaの長女であるCherica(シェリカ)とHans Hagen und Johanna Hottenroth(ホッテンロス夫妻)との共著になっており、

Walter Bosseの生涯にBeatrix Bollaは深く関わっています。 

いまでも製造されるWalter Bosseの作品

 

 

近年Walter Bosseの作品のコレクターが増加し、その勢いはウィーンのルネサンスを上回る人気だといわれています。

現在でも、Walter Bosseが残した鋳型を使ったオリジナルデザインの真鍮の多くが再現されています。

現在その製造は、Walter Bosseの遺産が引き継がれるオーストリアとハンガリーの国境近くの静かな小さい村で行われています。

そこでは長年変わらない技術力によって品質が保たれています。

 

そして、その素晴らしい商品を日本でも多くの人に手に取って欲しいと思い、Walter Bosse.jpは生まれました。

Walter Bosseの作品はいつも貴方の生活の傍にいます。

ぜひ貴方の手元に置いてみてください。そして、気に入ったらぜひ貴方の大切な人の手元にも。

 

 

 

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